ビジネス生態系が競争力の源泉となっているトヨタや他のアジアの製造業

IT ConversationでJohn Seely Brown氏の講演を聞いた。表題のリンク先でMP3ファイルがダウンロードできる。氏はビジネスの生態系(business ecosystem)の分析で知られた人物である。ビジネスの生態系とは複数の企業が相互に結び付いているさま、相乗効果を上げているさまを指す。講演の中でアジアの製造業の生態系の事例を4つ紹介している。

トヨタ

トヨタは納入業者を値段で決めるのではなくて、製造原価で決める。納入業者は製造原価を明かさないが、トヨタの担当者は工場を視察することで非常に正確に製造原価を見積もることができる。
トヨタに直接納入する業者も、更にはその業者に対して納入する業者も、求められる仕様そのままの部品を上流に納入するのではなく、「このように少し仕様を変えればずっと安くなるのだが」といった提案をすることを期待されている。対話のネットワーク(network of conversation)と建設的な摩擦(constructive fliction)がそこにある。下流からの提案を受け入れるために上流が製品やサブアセンブリのデザインや製造方法を変更する。
また、製造過程で問題が生じるとただちに工場全体の操業を停止してコンテキストを固定したうえで問題解決に当たる。工場のすべての従業員に操業停止の権限がある。

中国のオートバイ産業

中国の重慶(Chongqing)のオートバイ産業は最初、国営工場を中心とするトップダウン形式だったが、1997年に転機が訪れた。国営工場に部品を納める業者同士が力を合わせて、新たなオートバイ製造のしくみを作りはじめたのだ。オートバイは4つの主要部品、フレーム、エンジン、サスペンション、風防(fairing)から構成されている。それら各主要部品に対する要求仕様を決め、それに沿って多数の下請け・孫請けの部品業者をまとめ、調整することで、従来よりずっと安く製造することができる。それが可能なのは、既存の製品をまねて製品を作るからである。重慶では喫茶店(tea houses)で下請け業者と孫請け業者が交渉して部品の具体的な仕様を決めている。非常に多くの交渉(swarm of negotiations)がおこなわれている。トヨタの事例で説明したのと同様のことがより非公式におこなわれている。
ホンダも重慶でオートバイ製造をおこなっているが、地元業者がおこなっている集団的革新の手法(swarm innovation technique)にはまったく歯が立たない。たとえばベトナムでのホンダのオートバイのシェアは1997年に90%だったのが、現在は30%に落ちてしまった。重慶のオートバイ製造の生態系は世界中で販売されているオートバイの過半数を生み出している。今は敵なしの状態である。
これはオープンソースと似ている。オープンソースではしばしば基準となるデザインに沿って多数の人(swarm of people)が協力して作業を進める。

台湾のODM(Original Design Manufacturer)

デルコンピュータ、ヒューレットパッカードコダックなどは台湾のODM会社を利用して製品を製造している。たとえばデジタルかめらの場合、おおまかな仕様や価格をODMに伝える。ODMの背後には先端的な納入業者から構成される巨大なネットワークがあり、そのネットワークが具体的な仕様を決め、製造をおこなう。ソニーのハイエンドのフラットパネルテレビもODMによって製造されている。

Li & Fung

Li & Fungは香港で生まれ100年以上の歴史を持つ商社である。アパレル産業の利益率は2%ほどであるのに対して、Li & Fungの平均ROEは50%ほどである。売り上げは50億ドル、アジアでの従業員1人当たりの売り上げは100万ドルである。何百ものアパレル製造生態系に通じており、顧客の要望に対して、どの業者の糸を、どの業者に織らせ、どの業者に裁断させるかなどを的確に判断して応じる。多数の業者の仲立ちとなるだけではなく、お互いに学ばせることで強化することにも力を注いでいる。

結論

オフショアへの製造の移転は単に安い労働力を求めるものではないことが分かると思う。ビジネスの生態系を活用することなのである。
Li & Fungの事例でも述べたように学習が重要である。世界でトップクラスのコールセンターであるフィリピンのTelecareは、最も低簡単な種類のコールセンター業務から初めて18ヶ月の間に高度な金融商品を扱うまでになった。米国のコールセンターではオペレーターと管理職の割合は50対1だが、アジアの多くのコールセンターでは4対1であり、Telecareの場合は8対1である。その理由は管理職の役割はオペレーターの技能を高めることだからである。インドのバンガロールInfosysのある管理職は業務改善に就業時間の25%を使っているそうだ。
ビジネスの生態系による革新を促すためには、情報システムの活用が欠かせないが、従来のシステムでは十分とは言えない。例外を扱えないからである。トヨタの事例で述べたように、問題発生の際に直ちにコンテキストを止めて対処するような例外的対応が必要である。
現在の経営に求められているのは業務効率向上ではない。それはもはやコモディティである。建設的摩擦を通じて学習や革新をいかに促進するかである。

2005-11-16追記

表題が「John Seely Brownの講演」となっていたのを、内容が分かるように現在のように改めた。