どのような話が記憶に残り人を奮い立たせるのか

米国のラジオネットワークNPRの番組Technationにスタンフォード大学教授のチップ・ヒース氏が出演していた。同氏は組織行動学が専門で、都市伝説の研究している。同氏はMade to Stickという本を最近出版し、番組はその本の内容に沿っていた。MP3のファイルは以下でダウンロードできる。
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番組の内容は以下の通りである。

記憶に残り広がる話とは

通常、話の中に出てくる数値などの細かい点は記憶に残らない。しかし内容が数字を含めて人々に広く知られた話として以下の例がある。

  • 「人間はの脳の10%しか使っていない」という都市伝説。他の数字が使われていることもあるが、多くの場合は10%である。
  • 「10年以内に人間を月に送る」(A mon on the moon in a decade.)というケネディー大統領の政策。官庁・企業など様々な組織の多くの人が、経理担当者に至るまで、その目標を意識していた。

人々の記憶に残り、広がる話には以下の性質が見て取れる。

  • 単純さ(simplicity)
  • 意外性(unexpectedness)
  • 具体性(concreteness)
  • 信用できる(credibility)
  • 感情に訴える(emotion)
  • 物語性(story)

単純さ(simplicity)

映画の企画は、その内容が短時間に伝わるものでないと、受け入れてもらえない。映画会社には多数の企画が持ち込まれるからである。映画エイリアンは「宇宙船を舞台にしたジョーズ」(Jaws on a spaceship)と表現できる。そのように表現することで

  • 高い興行収益を予見させ(ジョーズは高い興行収益を上げた)、
  • 音楽が重要な役割を果たす(ジョーズでそうだったように)ことを伝えられる

このように、何かにたとえると効率的に考えを伝えられる。

意外性(unexpectedness)

驚きは人に注意を喚起する。先に挙げたケネディー大統領の政策は意外なものであった。政策が発表された当時、アメリカは宇宙開発においてソ連に遅れをとっていたが、その政策はソ連の計画よりもずっと野心的だった。
同様の例として、黎明期のソニーが行なったポケットに入るラジオの開発が挙げられる。当時のラジオは大きなキャビネットに納まった家具のようなものだった。ポケットに入るラジオというコンセプトは人を驚かせ、技術者の創造性を喚起させた。

具体性(concreteness)

抽象的では誤解が生じやすい。ケネディー大統領の宇宙政策は具体的で誤解が生じない。ケネディー大統領が今日の企業あるいは政治のリーダーであれば以下のように言ったかも知れない。
「我々の使命は宇宙産業において国際的リーダーになることである。我々の持つ技術革新の力を用いて人間社会の未来への架け橋を築くのである。」
(Our mission is to become the international leader in the space industry using our capacity for technological innovation to build the bridge towards humanity's future.)
これでは何を言いたいのか良く分からない。
ボーイング727型機の設計目標は以下のように具体的だった。

  • 131人を、
  • マイアミからニューヨークへ運べ、
  • ラ・ガーディア空港の422番滑走路(ジェット機の発着が許されている最も短い滑走路)で発着できる

抽象的に言えば「短距離航路のための小型の航空機で、短い滑走路で発着可能なもの。」となるが、これでは誤解が生ずる余地がある。

信用できる(credibility)

話が信用されるために有効な手段として、検証可能な証明(testable credential)がある。
1990年代にアメリカ西海岸に流布した都市伝説に「清涼飲料のスナップルは人種差別組織KKKを支援している。その証拠に瓶の裏に丸に囲まれたKのマークがある」があった。自ら検証可能な部分が含まれていたために広まったと考えられる。実際には丸にKのマークはユダヤ教の宗教的規則に従って適正に調理されたこと(kosher)を表すものであった。
別の例として、1950年代にシアトルで広がった都市伝説がある。「太平洋上での核実験による死の灰貿易風に運ばれて来ている。それは非常に有害で、自動車のフロントガラスに小さな傷を作る」というものである。これもやはり、自分で確かめられる部分が含まれていたので、広まったと考えられる。死の灰とは関係なく、フロントガラスには砂粒により小さな傷ができるものである。
更に別の例としてレーガン大統領が現職のカーター大統領との選挙戦の中でおこなった討論が挙げられる。アメリカ経済は低迷していたし、イランで人質事件が起こっており、それらを取り上げて論理的に自らの主張を展開できたが、レーガン氏はそうしなかった。そして以下のように言った。
「次のことを自問自答してください。あなたは今のほうが4年前より幸福ですか。答えがはいなら、投票の際のあなたの選択は明らかです。しかし、答えがいいえなら私に投票してください。」
(I want you to ask yourself tonight the following question. Am I better off today than I was four yeas ago? If the answer to the question is yes, there's an obvious alternative for you when you go to the voting booth. But if your answer to the question is no, then I would like to ask your vote.)

感情に訴える(emotion)

都市伝説は怒り・嫌悪・恐怖などの否定的な感情に訴えることで広がっていることが多い。肯定的な考えを伝えるのに、どうやって感情に訴えたらいいだろうか。
肯定的指導者同盟(Positive Coaching Aliance)はスポーツの勝ち負けばかりにこだわるのではなく、人格・規律・熟達を涵養する手段としての面を復活させることをめざしている。そして、試合の勝ち負けばかりにこだわり、親までもが試合結果に対して感情的になる状況を改善しようとしている。活動の中で、スポーツマンシップが肯定的な感情を喚起しなくたっていることに気が付いた。
そこで肯定的指導者同盟は試合を大切にするよう指導することにした。試合から肯定的感情が生まれるように。親は野球が好きだから子供にもやらせたいのだと。良い試合には、りっぱな対戦相手が必要であり、対戦相手を尊重しなければならない。対戦相手に野次を飛ばしていては試合の品位を傷つけることになる。
これにより、試合中に退場になる子供はほとんどいなくなった。スポーツクラブへ入会する子供の数も増えた。
iPodMySpaceの成功はアイデンティティーに働きかけたことにある。聞いている音楽はアイデンティティーの重要な要素であり、アップルは素晴らしいインターフェースを持った機器でそれを持ち歩けるようにした。MySpaceはあるバンドやクラブが好きな者同士であるという集団のアイデンティティーを表現できるようにした。Friendsterはそれを禁止したために、MySpaceに抜かれてしまった。
アイデンティティーは投票行動にも大きな役割を果たしている。研究によれば人は自分の利益に関係なく投票を行なう。

  • 子供を持つ人の教育予算への関心の程度は子供を持たない人と変わらない。
  • 国による医療保険制度への支持率は満足に医療を受けられない人とそうでない人とで差がない。
  • 福祉政策への支持は失業者と非失業者との間で差がない。

人は自分のアイデンティティーのために投票する。州・宗教・人種など自分が属する集団のために投票する。または国のためになるように投票する。

物語性(story)

物語は脳にとってフライトシミュレーターのようなものだ。イメージトレーニング(mental simulation)は実際のトレーニングの3分の2の効果がある。消防士や救急病棟の医師はなぜ体験を語り合うのか。他の人の体験を聞くことで、それを模擬体験できるから。自分が同じ状況に出会ったら、どう行動するかを考えることができる。

知識の呪縛(curse of knowledge)

複雑な科学や技術を単純に表現することの大切さを考えてみよう。専門家は専門家でない人の知らなさ加減が想像できない。専門家はものごとを複雑に抽象的に考えてしまう。一方、これまで述べたように効果的なメッセージは単純で具体的である。
Palm Pilotを設計したジェフ・ホーキンズに次のような逸話が残っている。Palm Pilotは単純だが便利で、初めて商業的成功を収めた電子手帳だった。それまでの電子手帳は機能豊富で複雑だった。ホーキンズは知識の呪縛をよく心得ており、チームがそれを克服するために木片を持ち歩いていた。技術者が複雑な機能を追加する提案をすると、木片を持ち出して「これのどこに収るのだろう」と質問した。目指している単純さを視覚的に分かりやすく示すことで、際限のない機能追加(creeping featurism)と戦った。